ADIのMEMS冷却チップ

電子的な冷却装置というと、ペルチェ素子が有名です。この素子は異種金属の接合部に電流を流すことで、両電極間で熱が移動することを利用したものです。一時期はPC関係の自作でよく語られていましたが、消費電力の割に冷却力が弱いのが欠点です。
そのためかペルチェ素子については最近あまり聞かなくなりましたが*1、Analog Devices(ADI)がMEMS*2技術と半導体センサー技術を組み合わせることで、従来の装置を大きく上回る高効率の冷却素子を実用にこぎつけたとプレスリリースで発表しています。
新しい素子はMEMS加工によって形成された微小シャッター上に半導体温度センサとドライバを集積したものです。各シャッターは独立したセンサーによってシャッターの表と裏の温度を測定しています。表の温度が裏の温度より大きい時にはシャッターを開いて表の空気が拡散によって裏に移動するチャンスを与えます。
チップの表の室温が裏の室温より低くても、微視的にみるとチップの表面には局所的に温度の高い領域が存在しえます。そのため、このチップに通電すると、表側の室温は時間がたつにつれてどんどん低下していくことになります。
このような機構が気体温度のアクティブな操作に使えることは古くから指摘されており、提唱者*3の名前をとってマックスウェルの悪魔と呼ばれています。
Analog Devicesは半導体加工技術によるマイクロ・シャッター*4を使ってマックスウェルの悪魔を実装しました。Analog DevicesはOpAmpやADCといったアナログ部品で有名ですが、MEMSによる加速度センサを早い時期に大量生産に持って行ったことでも有名です。同社の加速度センサにはSi基板で作られた錘を支える微細なばね構造が使われており、そういった技術が今回の製品に応用されていると思われます。
温度の偏りを利用するには非常に小さくて薄いシャッターを無数に集積しなければなりません。相当難しそうですが、プレスリリースでは熱効率を「極めて高い」としていますので期待して良さそうです。
ちょっとおもしろいのは、プレスリリースでこのチップを「熱力学第二法則に対する反例ではない」とわざわざ断っていることです。マックスウェルは彼の仮説を熱力学第二法則への反証としてあげましたが、このチップを動かすには電力を注入する必要があります。小さな閉鎖系でこのチップを使って温度差を作り、その温度差で発電してこのチップを動かすとどうなるか。ひょっとしてAnalog Devicesの技術者は試してみたんじゃないかと想像するとなかなか楽しい気分になります。
ADIは部屋の壁面をこのチップで埋めつくことで部屋の冷房ができるなどのアプリケーション例をあげています。チップ表面の汚れの問題等があると思いますが、「家庭用エアコンの100倍以上」というその効率を信じるなら、農産物の生産などにも大変革をおこしそうです。
最初のチップ、ADMD1867は2011年3Qに発売される予定とのことです*5

*1:単に筆者がPC自作から離れただけかもしれない

*2:マイクロマシン加工技術

*3:電磁方程式で有名なジェームズ・クラーク・マックスウェル

*4:プロジェクタのDLPでよく知られているマイクロミラーと同じ原理

*5:全部嘘ですけど