逆バイアス

おじさんが持っていた「ラジオの製作」を譲ってもらったのが小学2年生の時で、ずっとその本を繰り返し読んでいた私が5年生になったときに父親が買ってくれたのが「初歩のラジオ技術」という本でした。誠文堂新光社、初版発行1966年のその本は、今手元に残っている一番古い本です。
時間があれば舐めるように読んだその本の中で、強烈に「わからない」と強い印象が残ったのがコレクタ・ベース間に流れる逆方向電流でした。ダイオードのPN接合まで図を追っかけて何とか理解した小学生も、さすがにトランジスタの中をせわしく行き来する電子やら正孔を追っかけることはできずに挫折したのでした。
逆バイアスのかかったPN接合を、なぜ電流が流れることができるのか。
その問いは中学時代の技術の先生に聞いても答えを得られず、高校時代の無線部の顧問に聞いてもやはり答えは得られませんでした。ようやく答えが得られたのは大学に入って数年後、半導体素子の授業でのことでした。教科書のフェルミ準位まで交えた解説を読んでようやく得心がいった瞬間のことを今でも鮮明に覚えています。
とても恵まれていたのだと思いますが、当時は世間がそのゆっくりとした歩みを許してくれていました。そもそも父が私に「初歩のラジオ技術」を買い与えたのは出版から9年経過した頃です。電子工学の書籍が子供のための入門書とはいえ、それほど長い間販売されていた時代でした。
今ではそれほど悠長なことは言っておれません。テクノロジの進歩は唖然とするほど早く、知識は瞬く間に陳腐化します。雑誌の付録には1千万トランジスタを超えるようなチップがついてきます。あらゆるツールが安くなって敷居が低くなった分、第一歩から身につけなければならない知識の量は気が遠くなるほどです。
ラジオ少年としての一歩を踏み出して40年だった今、技術者として私はすでに夕暮れを迎えようとしています。この先数年をどう過ごすかはとても大事なことのように思えます。それ故解説文書じみたものを書いたりしてみているわけですが、あるいは先が短いんだからこのカオスに身を任せてぎりぎりの所をつついて遊んでもいいかななどとも思います。アイデアだけはあるんですよね。