古くない

「アナログ」を「古い」という意味で使っている人など、掃いて捨てるほど居ます。本当に掃いて捨てたら、黒潮は数千万人の人であふれかえり、その年の魚は大漁でしょう。
小学館の「プログレッシブ英和辞典」によると

analogue

  • n
    1. 類似性を持つもの、類似物。相似物。
    2. 対等の相手
    3. 《生》相似器官。《化》類似体。
  • adj
    1. 相似の。類似の
    2. アナログ計算機の

となっており、昭和55年初版、62年第二版のこの辞典には、digitalへの対比としてのanalogueは掲載されていません。山口百恵が「デジタルゥは、カシオ♪」と歌ったのが昭和55年頃です。その頃からディジタル時計の低価格化が始まっていますが、辞書編纂者には文化的に重要な動きとは見えなかったのでしょう。
一方で、この記述はディジタルに対するアナログという用法が、「ディジタル・コンピュータ」に対する「アナログ・コンピュータ」に始まることを伺わせています。
アナログ・コンピュータはシミュレーションに特化した電子回路です。複雑な物理系がどのようにふるまうかを手元で確認するために使われました。設計には、まず対象となる物理系の数学モデルを特定します。化学プラントであれば、各反応タンクの処理能力や、パイプを流れる間の冷却速度などの各種パラメータの数学モデルを作ります。次に、そうして出来上がった数学モデルを回路の特性や入力として実装します。すると、回路のふるまいがプラントの挙動をシミュレートするわけです。
単純な系であれば、線形システムとしてモデル化でき、その場合は(制御も含めて)比例、積分微分回路を組み合わせることで物理系のシミュレーションが可能になります。非線形な場合でも、回路で非線形性を実装できればシミュレート可能です。
アナログコンピュータで使用する比例、積分微分と言った演算(Operation)を実装するための理想素子として演算増幅器(Operational Amplifier)が研究・開発され、オペアンプ(OpAmp)として広く使われるようになりました。オペアンプによるフィードバック制御回路を持った装置は、制御装置としてアナログ・コンピュータを持っていると言えます。
アナログ・コンピュータの利点はなんといってもその高速性でした。ディジタル・コンピュータが数十kHzのクロックでのろのろ動いていたころ、アナログ・コンピュータは複雑な系を精密にシミュレートして系の安定性調査に役立ち、多くの装置をリアルタイム制御していました。アナログ・コンピュータこそが先端分野を牽引していた時代があったのです。
かつて「アナログ」はコンピューティングの一角に堂々たる王国を築いていました。いやしくもコンピューティングを学ぼうと言う人ならば、「アナログ」を「古い」などと言う意味で使ってはなりません。